三木清という哲学者が書いた「人生論ノート」という本について
あることは知っていましたが、
中身は知りませんでした。
1941年に出版されたというから、
80年前、戦前で、私が生まれるより前の本なのですが、
コロナで疲弊している現在の状況に
ピタリと当てはまるように感じたので紹介します。
「幸福について」
「今日の人間は、幸福について
ほとんど考えないようである。
なぜそうなってしまったのか。
健全な胃を持っているものは、
胃について考えないように、
幸福であるるものは、
幸福について考えないからなのだろうか?
むしろ我々の時代は、人々に、
幸福について考える気力さえ失わせるほど
不幸なのではあるまいか?
成功することが人々の主な問題となったとき、
幸福というのは、人々の深い関心でなくなった。
成功と幸福とを、
不成功と不幸とを同一視するようになって以来、
人間は真の幸福が何であるかを理解し得なくなった。
自分の不幸を不成功として考えている人間こそ
誠に憐れむべきである。
成功は量で考えうるもので、幸福は各人のもの、
人格的な、性質的なもの、
つまり質的なものである。
それらを混同して、
成功することが幸福であり
失敗することが不幸だ、
と考えてしまうことが問題なのだ。
機嫌が良いこと、丁寧なこと、親切なこと、
寛大なこと、などなど
幸福は常に外に現れる。
鳥の歌うがごとくおのずから外にあらわれて
他の人を幸福にするものが真の幸福である。」
この文章を読んで私が思うのは、
今のコロナ禍が世界を覆っているとき
ウィルスの伝染を恐れるあまり、
皆がマスクで顔をかくし、
他人がすべて病原体のように、距離を取り、
マスクをしない、アルコールで消毒しない人間は不道徳である。
という風潮になっていることが恐ろしい。
コロナを野放しにして良いと思うわけではないし、
外食産業や、ホテル旅館業が
大きな経済損失を受けていることは承知しているし、
なんとか経済の立て直しをしなければならないのも、
大切だと思います。
しかし、人を大切にし、自分のことよりまず、人のことを考える。
人との良い関係が世間であるという、日本人の絆。
その親切であるとか丁寧であるとか言う、
日本人の美しさが失われていくような気がします。
私は、
「人を押しのけても前に行こう、
障害物を排除するのが問題解決だ
自分は優秀だから必ず勝つ」
という、アメリカ型の成功信念に疑問を持って久しいです。
勝ち負けではなく、それぞれのやり方で、
すべての人が幸福で、上機嫌であるにはどうすればよいか。
限られた資源を争うのではなく、無限の上機嫌を分け合う。
それが時代の求めることだと思います。

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