生命に囲まれ、
機械に囲まれて生活してきた私達は、
その区別も曖昧になります。
自動車は手放しでも車線変更できるようになったし、
AIは、将棋の名人を負かし、
人の仕事も奪うといいます。
しかし、どのように優れた機械も、
自分と同じ機械を作れないし、
故障したとき自分で修理することはできません。
科学というものは、
この300年飛躍的に発展し、
人類の生活を豊かにしました。
その科学はデカルトを出発点にしています。
デカルトは、
心は神の領域、
体は人間の領域とし、
物質は人間が解明できるとし、
「要素還元主義」
どのような複雑な機械も
分解すれば単純になり、理解できる
と考えました。
そして、そのやり方はうまくいき、
人間の共通知識は、爆発的に増加しました。
しかし、細かく分析し、数を数え、
部品を点検しても、漏れてしまうものがあります。
おもちゃの機械は一度分解し、
組み立てることはできますが、
カブトムシは分解すれば死んでしまいます。
生き物は、ケガをしても、
じっとしているうちに、回復する事が多いです。
人間の医師は、
何より大切な「人の命」を守るため、
3000年にわたり、最も優秀な人間を集め、
工夫と努力を繰り返してきましたが、
結局、患者自身が自分で治るのに
手を貸すことしかできていません。
生命は「こと」なのです。
燃えている炎のような、
発生した台風のような・・現象なのです。
私も、あなたも、現象なのです。
その「現象」は、自分で起こしたものではありません。
それは、自然そのものが大きな現象であり、
それと切り離すことのできない、
その一部としてしか存在できない「現象」
自分の存在とか、自分の考えとか、
自分の能力などといいますが、
台風が地球上の大気の一部でしかないのと同様、
私達は自然の一部であり、生命の一部なのです。
人間が自然を支配し、管理する
というのが旧約聖書以來の、西洋の考えですが、
日本人は縄文の昔から、
自分達は、自然の一部だと考えてきました。
「自然」は、江戸時代まで、(じねん)と読みました。
自然(じねん)つまり、おのずから燃えるのです。
20世紀になり、要素還元主義の限界に気付いた西洋の物理学者は、
COMPLEXY 複雑系という概念を提唱し、
その中心概念の一つが自己組織化といいます。
私は、この考え方について、
自然(じねん)という考え方を提唱します。
この宇宙自然は、複雑なのが普通なので、
人間が自分たちに便利なように
無理に単純にしたのが、
「科学」と呼ばれるものです。
生命は宇宙の中で、
まだ地球でしか発見されていません。
このような意識を持ち、知識を蓄積し、
宇宙に進出するまでになったのは
まだ、人間しか知らていません。
しかし、これは偶然だとは思えません。
宇宙は、生命を生み出し、
生命は知性を生み出すように進化してきました。
これは、宇宙の性質なのです。
それを、自然(じねん)と呼び、
Naturalismと呼びたいと思います。
そして、その「生き方はと文化」は
日本人が最も得意とするものであり、
第三千年紀の人類の指導原理になるはずだと信じています。

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