日々に新たなり

「日々に新なり」は、国書刊行会で、
昭和63年に発行された、「渋沢栄一伝」
というような書物です。
先週の「論語と算盤」は、
渋沢自身の講演をまとめたものですが、
これは彼の生涯を、下山二男という
長く小学校、中学校の教員を努めた人が、
同じ埼玉出身の偉人という
ことで、書き上げたものなのです。
その本によると渋沢栄一の生涯は・・
渋沢栄一は、江戸時代の末に生まれ、
24歳までは埼玉県深谷の百姓だった。

藍の栽培や、養蚕業もやる豪農で、
苗字帯刀が許される家柄であった。

身分は百姓だが、若い栄一は
尊皇攘夷の熱に浮かされていた。

1858年、19歳で結婚するも、
血気盛んな仲間と24歳で高崎城乗っ取りを計画。
京都を偵察してきた人間の意見で断念。

京都に上り、一橋家家臣となる。(一橋慶喜が当主)

慶応2年、慶喜が第十五第将軍に就任。

1866年 幕臣になる 27歳。

1867年パリ万国博覧会に
 徳川昭武公、将軍名代として出席。伴として渡仏。

明治元年(1868年)
 駿府の前将軍慶喜を訪ね、静岡藩にとどまる。

明治2年 明治新政府民部省租税正
 大隈重信、伊藤博文、井上馨の下で官吏となる。

明治6年 井上馨と同時に野に下る。
「まさかか金に目がくらんだのではあるまいな」
と、上司に引き止められるが、

「商工業に力を尽くさねば国は富まない
 政治にばかりやれる人が集まっている。
 官人は多く人の憧れであり、
 権力を持っているように見える」と決意を語る。

明治5年、富岡製糸操業開始 在職中に手掛け、

明治6年8月1日 第一国立銀行総監。
 民間人になったそのその年、34歳

明治8年6月 王子製紙株式会社開業。
 岩崎弥太郎とともに東京海上保険創業。

全国商工会議所

商法講習所  青年実業家の養成 一橋大学へ

明治16年  共同運輸創立 44歳

明治18年  岩崎弥太郎52歳で死去。日本郵船設立。
       東京ガス浅野総一朗払い下げ 浅野セメント

明治19年  平野造船所支援石川島造船所  47歳

明治10年代57社、設立

明治20年 高峰譲吉 東京人造肥料

       足尾銅山の権利一切を古河市兵衛に譲る

明治24年 レンガ工場 諸井浩平後に秩父セメント創業 52歳
竜門社 研修団体
「銀行業者はすべからく丁寧で
 遅滞なきことが大切である。
 常に志は高く腰は低くなければならない。

 また銀行業者は、他の商工業者より
 上位にたつものにして、人に重んじられ、
 かつ名誉有るものである。

 ことに第一国立銀行は、
 銀行中の先鞭をつけたものゆえ、
 銀行業者中にも重んじられ名誉有るものであることを
 忘れてはならぬ。

 世間のことは、久しくすると、その間に弊を生じ、
 長は短となるのを免れないものだ。
 因習が久しければ溌剌の気がなくなってしまう。

 殷の湯王の沐浴する盤の銘には
 『荀に、日に新たなり、日々新たにして又日に新たなり』
 とある、全て形式に流れると精神が乏しくなる、
 何でも日に新たの心がけが
 肝要なのである。」
明治20年代111社設立

明治31年3月2日 徳川慶喜公、皇居参内 明治天皇と会見

明治32年 勝海舟逝去 水戸学の師、10最年長の従兄弟新五郎逝去

明治32年12月 東京銀行倶楽部 開館  60歳

商工業者の志操について
    1、信用こそ大切である
    2、志操は高遠にもたなければならない
    3、学問を学び学理を応用することが大切である
    4、およそ事業を興すには、その業体の正業と不正業を考えなければならない。
    5、経済人も政治に対する意見はもたねばならない。

明治33年5月9日 男爵授与

明治34年  福沢諭吉逝去

明治30年代 78社を設立

明治40年代から、昭和まで 146社 の会社法人、学校などを作る。

昭和3年 子爵渋沢栄一閣下。米寿祝賀会
郷 誠之助 東京電灯株式会社社長 
新聞記者のインタビューに答え

『彼が財界に尽くした功績を単に、
会社を建てたとか、銀行を起こしたかの量的側面からのみ
勘定するのは誤りである。

むしろ精神的方面似て、
財界の貢献した功労を尊敬しなければならぬ。
これこそは彼の事業的功績より遥かに大きく、
偉大であって何人の追随を許さない。』

『常に新知識を吸収することを怠らず、
毎日たくさんの人間に会って、
相手の言うことに耳を傾けているから、
驚嘆すべく頭脳が新しい、一向に老いない。
さらに時勢に遅れない。
これが渋沢を大世話役たらしめる一因であるが、
根本の問題は彼の精神、この世の中に於いて、
できるだけ善行を行おうとする、
渋沢哲学の負うべきものだ。』
92歳 亡くなる三日前、見舞客への挨拶

私は幽冥界を境にいたしましても、
霊はいつまでも残って財界の隆盛なることお及び
皆様のご健康ならん事を祈り、
また守護いたすつもりでおります。

それ故死んでしまっても
どうか他人行儀にしてくださいますな。
また、お先に失礼でありますが、
これは私が悪いのではない。病気が悪いのです。

葬儀後アララギに追悼の短歌

『資本主義を 罪悪視するわれなれど 君が一代を たふとく思ほゆ』

来年はNHKの大河ドラマになります。
楽しみにしましょう。

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