コロナから医療を考える part3

先週のメルマガに、親しい友人から
「事実をよく確認してから、発信すべし。」
という、忠告を受けました。
中学からの友人二人からで、
12歳の頃からの付き合いですから、50年。
半世紀に近づきます。
自由に、意見を交換することは、
民主主義の基本だと思いますが、
このように、自分が正しいと思って発言したことに、
『それは違う』と異論を述べてもらえることは、
すごく大事なことだと思います。
100円玉は丸い
というのに、

いや、四角い!

えーっ!そんなバカな!

と頭ごなしに片付けるのではなく、
ちょっと待てよ、あいつがそういうなら、
あいつの方から見ればそう見えるに違いない・・
あいつは、いたずらに根拠なく、
人を否定するような人間ではないし、頭も良い。
ということは・・彼の意見も正しいのではないか?

そして、百円玉を横から見ると、
高さのない円柱ですから、四角いのです。
つまり、人間の認識力には限界がありますから、
友人が違う角度から見てくれるので、
真実に近づけるのです。
しかも、友人はれっきとした医師です。
私を心配してくれているのは、間違いありません。

論点の第一はPCR検査の精度です。

神奈川の医師が統計学的な角度から、

感度・・正しくウイルスを発見する率

特異度・・実際は感染していないのに、
     感染していると誤って判定する率
について書いている記事があり、彼もそれを読んでいました。
現場では、その様な議論は実際的でないと、
問題にされていない・・
また、そのようなことを書くときは、
出典を確実にチェックすべきだという。

もっともな、指摘です。

多分、私が一つの記事を読んで
それを鵜呑みにして、
皆さんに発信したと思ったのだと思います。
実際には、一つの記事だけで鵜呑みにしたのでもなく、
感度70%については、それなりの根拠がありますが、
本筋はそこにはありません。
なぜ、日本では、総理大臣が
一日2万件という目標を指示しているのに
1万件にも届かないのか?
それは、やらないのか(現場が言うことを聞かないのか)
出来ないのか(やる気は有るのだが、
                   仕組みがそれを不可能にしている)

私は、現在の日本という国の仕組みが、
出来なくしている・・と考えています。
第二次大戦直後の国の仕組みがまだ多く残っていて、
それを官僚が管理します。
官営経済・・かつての郵政、国鉄、電電公社・・
国が直接管理する構造で
厚生労働省が直接管理するのが、保健所や協会けんぽ、
国民健康保険などの制度です。

特に、医療など人の命に関わることは、
金儲け主義の民間任せには出来ません。

医は仁術で、特に国立大学病院の教授が、
一番偉い専門家という・・考えです。
またそれに準じるのが、統制経済で、
戦前の内務省の頃から、昔の大蔵省です。
現在の財務省が一番偉く、
その後、建設省、現在の国土交通省などの
官庁のランクがあり、
その上、先輩のやったことを批判することは許されない・・

護送船団方式という、企業を潰さないという経済・・
銀行は一行なりとも潰さない・・とかつては言いましたし・・
1990年ごろまでまでは、
アメリカに追いつき追い越せで
アメリカの作るものを、より安く、
より早く作れば良かったのです。

そして、さらに工夫して
より良いものを改善して作れば良かったのが、
世界のトップにたった途端、
目標を見失って迷走を続けているのです。
私は保健所の人も、ここの医療者も
感染の危険を覚悟しながら、必死に働いている
と思っています。
まるで、かつての太平洋戦争、特攻隊のようです。
この機会に、「社会は変えられる」
と気づくときだと思うのです。
日本人は時代遅れになっている法律と
官僚制度の中で手足を縛られて流されている
と思うのです。
つまり、今回のコロナ騒ぎは、
日本という国の実情を白日のもとに晒している
と思えるのです。
官僚は法律を守るのが仕事です。
真面目で優秀な人もたくさんいます。
政治家が法律を作るのです。

政治家を選ぶ責任は、我々にあります。
世界をみていても、
日本がしっかりしなければと思います。

諦めてはいけないと、信じます。
来年は日本が世界に誇る、法隆寺創建1400年です。

100年前、1300年のときは、
渋沢栄一が皇室や財界に働きかけ
立派な式典を行いました。

今、「論語とそろばん』を読んでいます。
来週はその内容を紹介します。

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