アートオブライフ

芸術とはなんでしょうか。

レオナルドダビンチのモナリザ、ミケランジェロのダビデ像、
長谷川等伯の松林図屏風、
モーツアルトのソナタを
芸術と思わない人はいないでしょう。

素晴らしい芸術家の生涯を代表するような作品は、
お金で買おうとすると大変な値段に成ります。
つまり私達は、やはりお金がないと、
良い芸術作品に触れることはできないのでしょうか?
かつて、芸術は洋の東西を問わず、
王族、貴族のものでした。
『起きて半畳、寝て一畳、天下とっても二合半』
という言葉がありますが、
人間はどれだけ、権力があり、富が有り、
なんでも手に入れられるようになっても
その肉体には限りが有り、
それ以上の物を手に入れることは出来ません。

そうすると、人間は、「美」を求めるようです。
そして、その「美」は精神と結びついています。
「美」を感じるのは精神だからです。

芸術品が高価なのは、
それが値段がついて、売り買いできるからです。
それではその値段を決めるのは誰か。
美の决定者がこれは良いと認めれば、
その価値は莫大なものに成ります。
アラブにできる中東のルーブルに飾られる、
男性のモナリザと言われるダビンチの作品は
600億円で、サウジの王子に買われたといいます。
かつて、日本では、
ベトナムや、韓国では日常の雑器として、
二束三文で売り買いされていた、茶椀や、鉢を、
天下の名物と説いてとんでもない高額で売り買いしていました。
それを知った、宣教師たちは、日本人はよほど愚かなのか
あるいは、誰かに騙されているのだと思いました。
その時、信長に紹介されて、茶を振る舞った利休は
「それの価値を決めるのは私です」
とこともなげに語りました。

彼の作る、一部の隙きもない空間の美しさに
宣教師たちは納得するしかありませんでした。

さて、美を感じ取るのは誰なのか。
それは自分の心でしかありません。

もし、利休のように、ありとあらゆる日常の中に
一輪の椿や竹の筒、一輪の朝顔に
美を見出すことができるなら
お金は、いらない
磨くべきは、自分の心なのだと思います。
私の夢は
全世界70億の人間が全て、
利休の美感覚を一人ひとり持つように成ることです。

そうなれば、人は、他に求めることがなくなり
世界から争いは無くなるはずです。

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