【唯物論】というのは、
全ては物質から、ということです。
勿論、我々人間も、
物質=細胞から構成されています。
細胞は主にタンパク質から作られていて、
タンパク質はアミノ酸から作られています。
すべての地上の生命は、
たった21種類のアミノ酸からできていますから
全生命は21種の文字で書かれた小説のようなものです。
そして、全てのアミノ酸は
炭素と水素と窒素の組み合わせで、
つまり、分子あるいは原子=物質からできています。
パソコンもアルミやプラスチックなどの物質からできていて、
電源を入れると画面が明るくなり、
アプリを起動すると画面を操作でき、
外部の情報を取り入れ働かすことができますが、
電源を切れば、暗くなり、働かず、
壊してしまえば、
もう一度明るくなることはありません。
人間も同じことで、、眠れば意識がなくなり、
死んでしまえば生き返ることはなく、
細胞という物質の上に現れた電気的な現象が、
人間の精神なのだという考え方です。
この【唯物論】は、当然「霊魂」の存在などは信じません。
現代人は、唯物弁証法、社会の歴史的発展などの
共産主義の理論は信じなくとも
霊魂や、生まれ変わりは信じられない、
あの世など有るはずがない、
死んだらそれで終わり
と考えている人が大多数でしょう。
また、この考え方が『科学的』と思われています。
それでは、もう一つの考え方とは・・
大乗起信論では【唯心論】を唱えています。
心のほうが全てで、物質は幻だ
というのですから、
唯物論者から見れば、
まさに、非科学的も甚だしい
ということになるでしょう。
大乗起信論では、
全ての存在は互いに支え合っているので、
不可分であります。
それは時間的にも空間的にも
言えることなので、
宇宙全体が一つであり、
分割不可能の[真如]です。
人間が生活の便利のため、
勝手に言葉を使い、
様々な名付けをしているだけだ、
というのがまず最初でした。
これについては、現代物理学でも、
宇宙はなにもないところから、
138億年前にビックバンにより誕生し
最初は光しかありませんでした。
やがて少しずつ様々な物質が生まれ、
今日の宇宙になったというのですから、
もし4次元連続を認めるなら
殆ど同じことを言っています。
それでは、心とはどういうことでしょうか?
大乗起信論の中では、
まさに心という言葉を使っています。
「唯是一心、故名真如」
ただこれ、一心のみ、故に真如と名ずく
という一節がありますが、
大乗起信論では、
心と存在は一つのものなのです。
そもそも存在の全てが、
単独に独立しては存在しないのですから、
存在を認識する「心」も単独には存在せず、
他のものによってあるのです。
私達の心が世界を作るなどというと、
超能力とか、超常現象など、
オカルトの世界を連想されるかもしれませんが、
ここでいう心は、私達の個人の意識も、
私達の無意識から生まれるものです。
そこまでは、科学的現代人も、認めることでしょう。
そして、私達の無意識は
親からの遺伝情報によって作られた、
全身の細胞によって生まれてきています。
私達の体は、人類以前の、
小さな哺乳類だったことを受け継ぎ、
その前の爬虫類、両生類、魚類、
単細胞生物の歴史を背負っています。
その先輩たちも、
それなりの認識能力を持っていました。
光を感じ、餌の匂いを感じ、
仲間と敵を、感じてきたのです。
これを原始的な「意識」とすれば、
我々人間の意識は、
そのような意識に支えられてあるのです。
フロイトは潜在意識を語り、
ユングは集合的無意識を語りました。
無意識の領域では、
個人の無意識は、全人類につながっているという感じです。
大乗起信論では、
ユングより1700年ほど前に、
全生命に連なる、阿頼耶識という
巨大な無意識を説明しています。
ちなみに、
フロイトの潜在意識に当たるものを、
末那識と呼びます。
私達が、全ての存在の一部、
生命存在について宇宙開闢から今日まで、
ある意味一本の木のように、
(生命樹といいますが)
一粒の種だった植物が、
双葉から、苗木となり木と育ち、
1000年経った大木に成るまで・・
木は移動しないので、
その時間の流れが木の姿に現れているのです。
この時一本の木は、時間を超えて存在するし、
その時間が今、形となるのです。
それと同様に、
4次元連続が存在するなら、
それを分割不可能な「真如」というなら
なぜ、「心」だけが、
現在に閉じ込められなければならないのか・・
個人の意識は
無意識から立ち上がってくるのですが
その無意識は底の方でつながっています。
空間的には、
全人類及び、地上の全生命の認識能力に連結し、
時間的には生命誕生から40億年、
ひょっとしたら宇宙開闢の138億年前まで連なる精神・・・
壮大な世界観です。
その精神と意識が、
現実には分割不可能な存在を分割し、
名付けるところから世界が
始まるのですから、
始まるのですから、
すべては、心から始まるのです。
大乗の思想は、
そのまま哲学であり、世界観です。
来週は、東洋と西洋の出会いについて書いてみます。

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