なぜ日本文化が世界を救うのか

日本と東洋は、違います。
何が一番違うのかというと、
日本は全ての外国の良いものを吸収し、精錬し、
小さく無駄なく清潔にします。
そして、神々(大自然の摂理)の居場所を用意し、
余白やつや消し、間や、気を大切にします。

7、5、3のように奇数を好むのも、
人間だけで完結させない、
ということだと思います。
今、世界では【SDGs】
ということが言われていますが、

これは自然環境を守ると言うのはおこがましく、
持続可能ではなく存続可能、
人類が滅びないためにやるべき目標だと思います。
そして、日本人が
海外の良きものを学ぶことができたのは、
それ以前に、1万年に及ぶ縄文の
「自然と共生する文化」
があったからだと思われます。
その根本の哲理は、
実は仏教の真髄と似ていると思います。
なぜかというと、
仏教とは、
ある個人の創始した思想体系というよりも
瞑想によって自然の摂理を解き明かしたものであろうと考えられます。

それ程、
仏教と現代科学のたどり着いていることは
よく似ているのです。
仏教の最初の教えが八正道で、
その最初が、正見といいます。

何事も最初が肝心だといいますが、
その通りだと思います。

普通は、物事をありのままに見る
と説明されていますが、
そのありのままに、というのは
どういうことでしょうか・・・。
福岡伸一という青山学院の先生がいます。
動的平衡という本を出していますが、
この本の中で、
ルドルフシュタイナーという人の実験を紹介しています。
動物の体内で、
栄養がどのように消化吸収されるのか
ということを調べるのに
当時最新の同位元素という、
性質は同じだが、少し重たい元素を記しとし、
ネズミに食べさせたのです。
そのネズミはもう大人だったので、
体内に取り込まれるのはわずかで、
エネルギーとして燃やす分だけ必要に違いない。
エネルギーを吸収したあとは、
体外に排出されるはず・・と考えました。
つまり、自動車がガソリンを燃やして走るようなもので、
ガソリンは自動車に取り込まれたりしないと思われました。
ところが、実際には、
分子のレベルまでアミノ酸は分解され、
マーキングされた窒素は全身に取り込まれ、
排出されたものは、
今まで体内にあった窒素が
分解されて出てきたのです。
これはどういうことなのでしょうか。

ある意味では、タンパク質も炭水化物も
分子レベルまで分解されるのですから、
どんな栄養を取ったら体に良いかという
現代栄養学に対する挑戦です。

福岡伸一先生はこれを
《変わらないために変わる》といっています。

仏教にはミリンダ王の問いという話があります。

インドの僧がギリシアを訪ね、
ミリンダ王という王様と話します。

王が問います。
「僧よ、命とはどういうものか」

僧が答えます。
「王よ、王の目の前にあるろうそくの炎は、
 一時間前の炎とまったく同じものだろうか」

王「まったく同じではない」

僧「それでは全然別なものか」

王「全然別でもない」

僧「王よ、生命とはそのようなものだ」
我々の生命は燃え続ける炎のようなもので、
オリンピックの聖火のように
高野さんの灯火のように、
千年、二千年と燃え続けています。

自分が人より優れているとか、
劣っているとかではなく、
自分は波ではなく海なのです。

この考え方により、
世の中をや自分の心をしっかり見ること、
これを正見といいます。
無とか空とかいうと、
あるいは祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きありなどというと
仏教というのは、栄えるものはやがて滅びる、
内をやっても無駄だというような
非常に諦めたような、
否定的な人生観のように思われるのですが、
そうではなく、
燃える炎こそ、その教理の本質なのです。
海であれば、波をどう考えるでしょうか。
全てが自分の一部であれば、そこに線を引いて
ここからここまでが自分の権利などというでしょうか。
仏教はダイナミックな教えだと思います。

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