能楽大全

暑中御見舞申し上げます・・
昨年まではこの言葉、
何だか儀礼っぽいと思いましたが、
(病気でもないのに、御見舞なんて)
今年の暑さはものすごく、
まさに「お見舞い」が必要です。
これからは台風の雲と風で一息つくという、
何だか、毒を持って毒を制す、というような
不思議な状態になりそうです。

先週は、本来のブリタニカのグレート・ブックス、
ウエスタンワールドについて
その全体像の概観を解説しました。
私は、この内容を偶然知った時、
直ちに東洋版を作りたいと思いました。
しかし、あまりに大きな構想なので、
大雑把な思いつきをメモにする程度で・・
例えば、安岡正篤の本を読んで、
東洋の学問は、史、集、詩、という3つの分野、
【史】とは、まさに歴史、
【集】とは、偉人の言行、
【詩】とは芸術作品・・というのに触発され
西洋のグレートブックスを、
歴史、文学と、自然科学、哲学宗教に
分類し並べなおしてみたり。
あるいは、西洋のグレートブックスに対応するような、
偉大な東洋のの書物は、「旧約聖書」に対し、
「易経」とか「新約聖書」に対応する・・
とすれば、「阿含経」などと
とりとめもないことを考えていたのです。
ですから、有名な書物を一覧にする程度のことしかできず、
40年経ちました。
ところが、不思議なご縁で、宝生流の達人、
辰巳満次郎さんと知り合いました。
辰巳家は金沢出身で、大阪に独自の能楽堂を持っておられます。
足利義政公より拝領したという、舞扇を家宝とする能の名家で、
宝生流の家元を補佐する、報酬流家老のような家柄です。
それまでは、能は数回しか見たこともなく、
流派は観世流しか知らず、

・・意味がよくわからないのですが、
美しく、荘厳な、儀式のようなもの・・

例えていえば、
法事の時、お坊さんの唱える般若心経を
まさに、意味もわからず「お経のように」
聞いているようなものでした。
ところが、辰巳さんの話を聞き、
少しずつ勉強するうちに
ある古い友人から、一冊の本を借り、
突然、東洋のグレート・ブックスと、
能楽が結びついてしまったのです。

西洋の近代科学は、
17世紀の科学革命によるものだということは
前回も触れましたが、
20世紀になると、
西洋の科学哲学それ自体が、
17世紀の科学を乗り越えました。

アインシュタインの相対性理論と、量子力学です。
ニュートンの万有引力の法則は
とてつもなく美しいものでしたが、
光を観察することによって生まれた、
時間と空間の相対性は
ニュートンの方程式が古く、
間違っていたと言うような印象を与えます。
実は、光の速度を秒速300万キロとせず、
「無限」とすれば
光の到達時間はゼロになります。
実際、マイケルソン・モーレーが、
地球サイズの実験方法を考えるまで
我々の日常生活からすれば、
光の速度は早すぎて、無限に近く、
実質的には、光の到達時間はゼロに等しかったのです。
光の到達時間という一つの変数をゼロにする、
という操作をすると
アインシュタインの方程式と、
ニュートンの方程式は一致します。
言い方を変えると、アインシュタインの方程式は
ニュートンの方程式に一つの変数を足して、
つまりひとつの次元を加え、拡張したものなのです。
変数を一つ足すということは、
平面・・縦と横の2つの次元しかないものに
高さという、一から無限まである
一つの次元を加えることで
3次元の立体にするように、
アインシュタインは、縦横高さという3次元に、
時間というものをもう一つの次元として加え、
4次元時空としたのです。
この場合、ニュートンの力学は
否定されるのではなく、アインシュタインの式の
特殊な場合の正しい答えなのです。

私は、これは美しい解決だと思っていました。
それまでのものを包摂し、
壊さずに吸収するのです。
アインシュタインの名言の一つに
「問題はその提出された次元では解決できない」
という言葉があります。
言い方を変えると、
「問題を解決するには、変数を一つ加えることだ」
・・ともいえます。
さて、東洋のグレート・ブックスですが
西洋近代の科学を否定するのではなく
それを包摂して矛盾しないというやり方が
美しいと思うのです。
我々人類は、西洋の科学革命の恩恵をこうむっています。

つまり、携帯電話を使い、ジャンボジェットに乗り、
原子力発電所を動かす。
人類の文明は地球全体に及んでいます。

これを壊して過去に戻るなんてことは、
単純に生活の便利を放棄するから
できないのではなく、

過去の有名、無名の先人たちが、
それぞれの生涯をかけ、
人類全体のための研究開発した事実を
否定するからできないのです。
知の地平線を押し広げるためにしてきた
血の滲む、命がけの努力を
なかったことにはできないと思います。
そこで、西洋近代化科学に
一つの変数を加えると考えたら良いのではないか、
と思いつきました。
それが、「無心」という日本の美学の次元です。
無心、仏教、生命、創造、芸術という
一つの次元が私の中で一直線となり、
西洋近代文
明を補うものとして、位置づけられたのです。

さていささか長くなりましたので、
この東洋の次元と、能楽大全がどのような関係に
成るかは次週に譲ります。

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