東洋のグレート・ブックス

まず、西洋のグレート・ブックスとは何かわからなければ、
東洋の・・という話にならないと思います。
ロバートメーナードハッチンス博士が
30歳でシカゴ大学の就任したのは、1929年。
まさに、世界恐慌の始まった年です。

そして、1939年博士40歳のとき、
第2次大戦は、ドイツのポーランド侵攻ではじまり、
1945年、広島、長崎への原爆投下により、幕を閉じました。
博士は、アメリカの原爆開発の最高責任者でしたが、
広島・長崎への投下には、反対でした。

しかし、それを阻止できなかった事への反省から、
世界連邦構想を持ち、
世界連邦会議の初代会長を努めました。
グレート・ブックスは、

人類は、先人の努力を積み重ね、記録しそこから出発して
その数千年の積み重ねにより、現代文明は築かれたのだから、
現代人たるもの、先人の遺産をきちんと引き継がねば、
現代人たる資格が無い

というものです。
そういうと、いかにも、物知りでなければ、
人間でないというような
鼻持ちならない
エリート主義と取られそうですが、
その背景には、単なる教養主義や、
学者のエリート意識によるようなものではなく
人間が自由で、強制=暴力や洗脳によらず
生きていくにはどうしたら良いのか・・

それは、「会話」しかない。
という「強い思い」があったのです。
強制や暴力によらず、
多くの自由な市民が協力して生きていくとしたら、
それは相手の発言を尊重し、
互いに尊敬しながら話し合う、対話しかありません。
自由な議論のためには、
お互いの意見を理解できることが前提になります。

片方の人間がゲーテを知り、
シェイクスピアを読んでいるのに
もう一人が、それを全然知らなければ、
会話は成立しません。

そこで彼は、プラトン・ソクラテスから、
シェークスピア、そして白鯨やフロイトの精神分析まで・・
180編に及ぶ偉大な書物を、10年かけて読み、
自由な議論のできる自由市民を育てようとしたのです。
中世の貴族は、労働から開放された自由市民と呼ばれ、
ギリシアの昔から職業=労働のための実学ではなく、
自由七科から成り立ちます。

七科とは、まず、論理学、修辞学、文法学という
基本の三科全て言葉に関すること。
その上に、算術、幾何、天文、音楽という、
およそ、実学とは程遠いものを学ぶことを
源流としています。
ハッチンスのグレートブックスは、
今日では、リベラルアーツカレッジと言うかたちで
主に、教養主義として受け継がれているのですが、
本質が見失われがちです。
つまり、職業や金儲けの前に、
人間にならなければならないということです。
ただ、ハッチンスの本意は、
真理の存在を信じそのための、
共和国を築くことにありました。

真理があるから、正義が有り、法があり、
法のもとに民主主義は成立する。
ここまで読んでいただけば、
グレートブックスが、人類の会話の基礎であるなら
西洋の文化遺産だけでは片手落ちだというのは、
自明のことと気づかれるでしょう。
もちろん、世界連邦の初代会長になり、
二代目会長を湯川秀樹にバトンした
ハッチンスが、東洋を無視していたはずがありません。
事実、博士の【偉大なる会話】にも、
東洋との出会いは必然だと明記されています。
本題に入る前に、だいぶ字数を費やしてしまいました。

それでは、〔東洋のグレートブックス)には
どのような編集方針が必要か・・
次週は、その私見を述べてみたいと思います。

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