どのような実践が必要か

人間の自己主張をぶつけ合い、
自分の欲望の実現のために
他者を傷つけることをいとわないという性格は、
その視野の狭さから生まれている。



現実には複雑に絡み合っている
生態系のネットワークから、
自分の個人的な目標を選びとり、

全体の調和の中から一直線だけを切り離し、
その目標と自分の間に必然的に存在するものを
障害物とみなし、壊し、取り外そうとする。


これが、人間の浅はかな知能である。


結果、生態系のバランスを壊すので、
自分で自分の首を絞めることになる。



互いに尊重し、敬意を払い、
全体の調和と発展を協力してすすめるなら、
その拠り所は、参加者全員が認める真理が
存在することにあるはずだ。



真のエリートは、自分個人のことより、
全体に責任を感じている。
現代のエリートは、
地球全体の未来に責任を持たざるをえないほど
人間にとって世界は小さくなっている。




真理を探求するのに2つのアプローチがある。
1つは西洋の方法、仮説を立て、実験し、
仮説を検証する。
全体を部分に分け、観察する方法である。


この実験科学の歴史は、常に以前の学問を含む、
次の次元の開拓を繰り返してきた。
ニュートンの方程式を
アインシュタインは否定したのではなく、
アインシュタインの方程式の特殊な解として、
ニュートンの式がある。



つまり、光の速度を無限とすれば、
光の到達時間はゼロになり、
2つの式は一致する。



この分析と実験の科学は、
少しずつ宇宙の神秘を人間に解き明かしてきた。
しかし、この方法は観測能力の限界に制約されている。



それとは別に、発達してきた東洋の方法がある。


自然を分けるのではなくあるがままに、
丸ごとつかむのである。
自然を人間が観察するのではなく、
人間も自然であることに気づくのである。


外から観察するのでなく、
自分と自然を分けるのでなく、
自分も大宇宙の部分なのだから、
自分自身を知ればよいという学びの方法である。


理科系と文化系を分けてきた、
従来の科学の体系を再構築する時代になってきている。


新しい科学は、 真、善、美、生命と創造と芸術を基礎とする
非線形と複雑系の科学となるはずなのだ。



単純なものの組み合わせによる複雑な世界、
階層性と意味の世界、
これが現実の宇宙であり
宇宙の実態は、11次元という高度に折りたたまれたシンクロニテイの世界であるので、
伝統的な宗教や伝承、特に仏教への科学的アプローチは求められてくるだろう。



これからは、経済学では、複雑系を前提とした臨床経済学、 
まず複雑系を診断し、そのどこに重点を置くか判断し、
優先順位を決めながら、バランスよく成長を図ることを計画し、
経営学では、中央集権的でない、自発性の経営が求められるはずである。


社会学では、歴史の発展の内容を進化生物学に求めることになるだろう。



内なる真理と、美に対する日々の実践を求めるために
常に自分の内側にある美意識に忠実に判断し、
非権力によるネットワークの構築を
自然界を手本としてすすめ、
グローバルニッチによる
三方よしの実践を始めるときである。

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