裏庭のあじさいが小さな水色の花を開きました。
そして、トマトの苗が伸び、もはや実が大きくなりつつあります。
季節の、移り変わりは確実に訪れます。
久しぶりに、アメリカのマインドフルネスを読み直しました。
カバットジンの著し、春木先生の翻訳された、
北大路書房「マインドフルネス ストレス低減法」2013年版です。
この本によると、まず最初の2週間は、仰向けになって
ボディスキャンを45分間
第3週と4週は ボデイスキャンと、ヨーガの瞑想を一日置きに
第5週と6週は、静坐瞑想法とヨーガ瞑想法を一日置きに
第7週は自由な組み合わせ
第8週は、あなた独自のプログラムづくりとなっています。
瞑想といっても、仏教でいうところの
「正念」「正定」とはだいぶ
ちがいます。
私はマインドフルネスは「正念」
その違いはあるとしても、僅かなものと思ってきました
ところが、ある人から教えられたのですが、マインドフルネスは
漢語の正念を英訳したのではなく
パーリー語から英語に訳したのだということです。
つまり、サンマサテイからの訳であって、正念からの訳ではない
だから、中国仏教でいう「正念」
説明です。
私は、仏教の基本は、無我に尽きると思います。
そして、瞑想にはたくさんの瞑想があり、心を鎮めて、
振り回されないようにするという、メンタルトレーニングは
それなりに効果があるでしょうが・・
ヨガのそれは、アートマンを認めます。
仏教はそれを認めないのです。
そこが、仏教の・パーリ語の、サンマ・サテイでも
漢語の「正念」でも、仏教であれば生きています。
私が「呼吸を」観察している
というあり方は、見るものと見られるものが別な存在です
これは明瞭な二元論であり仏教的ではなく
量子力学的でもありません。
というわけで、私は仏教的な、非二元論的マインドフルネス
無心とか、無我とかを、日常生活や
人間関係の実践に活かしたいと思います。
私とあなたは大いなる全体の一部であり
敵対する事はありえないという観点です。
そうはいっても、いろいろな人がいます。
考えてみましょう。

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