六波羅蜜

庭にはさつきが地植えしてあるのですが、白、紅が、満開です。

このさつきは、26年前になくなった祖母が、鉢で育てていたものを
引き継ぎ、あちらこちら引っ越しながら、この山梨まで、
運んできたものです。

その祖母の十三回忌で会った弟が、歩くとき腰が痛い、と言い出しました。
妙なことと思っていたら、食道がんであっという間に入院、わずか半年で
亡くなりました。

その弟が50歳で亡くなって、早くも13年が経ったわけです。

庭のさつきは、いろいろなことを思い出させてくれます。


さて前回は布施行のことを書きました。

私は仏経は、超現代的だと考えています。

そしてその哲学や教義は現代科学に、矛盾するところがなく

科学が少しずつ、仏教の神秘に迫りつつあると考えるものです。

その中身は、ゆっくり説明するとして、

もっと身近な、毎日の生活や、仕事に、仏教に智慧は活かせるし、

活かさないと仏教が好きだとは言えないと思うのです。


現代社会は、あらゆる意味で、目まぐるしく、

忙しく、むしろ病的です。


だからこそ、仏法の智慧が必要なのです。


布施はボランテイアのようなものと言いましたが

六波羅蜜は、大乗仏教の修行法のようなものでその名の通り

6つあるわけです。

あとの5つは、持戒・忍辱・精進・禅定・智慧です。

言葉を見ただけで、だいたいわかると思います。

持戒は、在家の仏教信者が守るべきものと定められたものが

五戎と言います。

不殺生・不偸盗・不邪淫・不妄語・不飲酒と言う戎です

私は、前の四つはよく分かリ、納得できるので、まあ、

やりやすいのですが、

最後の一つがどうもよくわかりません。

お寺でも、般若湯とか言いますし、日本の神様もお神酒とか

いいまして、けっこうお好きなようですし・・


とか、言い訳してきたのですが、少し歳を取った分

控えて、痩せる努力をしようと思い出しました。


さて、それではなぜこのような、修行法があるのでしょう。


我々人間は、自分の目で見て確かめたことは確実だと

思っています。実験し、観察し、測定し、科学と呼べるのです。


しかし、コレも仏教の教えに反します。

目で見ることだけでなく、五感で感じること全て虚しいもので

実体など無いのです。


コレを仏教の表現で言うと、色即是空ですが


現代科学の言葉で言うと、すべての物質は、原子にまで分解できますが

原子の中核には原子核がありコレがピンポン玉くらいだとすると、電子の軌道

まあ、この原子の縄張りとでも言えばよいかと思いますが

東京ドームほどもあるそうです。

つまり全ては、スカスカなのですね・・

更に全ての物質はエネルギーに変換されます。

E=mc2 つまり原子力エネルギーです


仏教の言葉よりも科学の言葉のほうが神秘的という感じがします。


仏教は全ては現象なので、とどまっていたり、それ自体ほかから

独立して存在するものは何もなく、この「私」すら

他との関係によって発生した現象なのだといいます。

ところが「私」はなかなか、納得しないので

その「私」に納得させるための修行の方法が、

布施を始めとした六波羅蜜なのです。


人を殺すな、盗むな、不倫するな、嘘をつくななどは、

まるで、平凡な倫理のようですが、

そうではなく、その心が自分と人を分けている、二元論だというのです。

自分と人は一つだとすると、自分のものを盗んでどうするのか

という意味になります。

だから、余計に、酒を飲むなが、よくわからないのですが・・(笑)

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