無我と言うのは、多分、人間の本能に反します。
人間が意識を持ち、自我をもち、自己中心の知能と欲望(目標)
ごく自然なことです。
ある先輩からメールをいただきました。
「確かに仏教の真髄は無我、無心、無欲でしょうが
資本主義の現実とは対立します。
資本主義の原点は私欲だからです・・・。」
つまり、人間は意志を持ち、知能をもちました。
現実と目標の間にある障害物を、それが何であれ
目標を達生する能力を知能と言います。
しかし、それゆえに、目標にロックオンすると、
全ては、巨大な網のように、
ある部分の障害物を取り除き、最短距離で目標達成に向かうと、
それは他に影響を及ぼします。
コレが、複雑系と呼ばれる最新の科学の結論であり
生態系と環境問題に関する知見です。
かつて日本企業は利益追求のため廃棄物を環境に放出し
公害問題を起こしました。
かつて西欧諸国は世界の国々を侵略し、植民地にしました。
植民地は辺境でした。
辺境から収奪し、辺境に廃棄するその辺境が、なくなったのが
21世紀なのです。
そして、グローバルに人間
が行き来するようになり、
貧富の差が、埋まらないまま、「自国中心主義」が
世界人類に緊張を作り出しています。
ですから、今こそ仏教の智慧が必要なのです。
この人間の原罪とも言うべき、「視野狭窄」と「
指向性を排除し、
宇宙の真実の成り立ちに目覚めるための修行が
三毒を自覚する、貪瞋痴と呼ばれる智慧です。
貪 とは貪ること、縦に自制心なく、欲望のままに生きることです
瞋 とは、怒ること、怒りは自分の権利が侵害された、自分の思いが
邪魔されたと思うときにおこるのです
痴 とは、このような、摂理を理解せず愚かなことです
そして実践方法が、六波羅蜜です。
布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧です。
言葉としては誰でも知っていますが、
全て、「普通の人間の本能に反する」ことですから、
実践は容易ではありません。
無我と貪瞋痴
世界観
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