ミニマリズム

ミニマリズムという言葉をご存知でしょうか?

1960年代にアメリカで始まったアートの世界から始まった言葉ですが、

芸術からインテリアやライフスタイルまで展開し、

造形の美を極限まで極めるため、装飾的な要素を削ぎ落とすことを言います。


断捨離というのも無駄なものをなくすという点では、よく似ていますが、

断、余分な物が入ってくるのを断つ

捨、不必要なものを捨てる

離、ものへの執着から離れる

簡単に言えば、家の中の無駄なものを整理して捨てることですが、


こちらのほうが禅的な名前ですが、ミニマリズムもまた、禅の影響を

受けているはずだと思います。


私の考える禅を日常に活かすということは、鎌倉や京都の禅寺にいき

座禅を組んで日常から離れ、チョツト、精神的なことを分かったような

気になることではありません。


島田明徳という人とお付き合いしたことがあります。

この人は中国から文化大革命を逃れて、

富士山麓に移り住んだ陳仙人の弟子となって修行した人で、

最終的かどうかはわかりませんが、ある一定の境地に達した人でした。

この人は、師匠からお前は山を降りて世の中にこの思想を広めなさい。

と言われて高田馬場に道場を開いていました。

少林寺拳法や太極拳のような体術と、ある種の考え方を指導していました。

私より10歳位若い人でしたし、優れた人でしたので、

私のような素人の意見も、良い と思えば素直に聞いてくれました。


その彼が言っていたのが

「富士の麓のような静かな環境で、自分の精神状態を静謐にコントロール

 することは、さほど難しいことではない・・

 しかし、新宿の雑踏の中で、若者に肩をぶつけられ、

 逆に、怒鳴られたりすると、自分の心の静けさを保つのは難しい」

という言葉です。


私は彼の話を一年ぐらい聞きましたが、その勉強会は、やめたほうが

良いのではと 進言しました。


彼は、私の話を聞いて、講義による勉強会をやめました。

体術を教えてるのは何処かで、続けているようです。

なぜ、やめたかというと、通ってくる勉強会の人たちに、


「自分たちは俗世間から離れ、精神的な価値を追求するだけ

 高級な人間なんだ、というおごり」

が感じられるのです。

勿論、通常の社会的な成功が全てではありませんが、

何も仕事らしいことができないのに、精神的な言葉だけを

弄ぶような人が、高級なわけはないと思うのです。


日常の中にきれいな心と生活を活かす。

無駄をなくすのは、まず、自分の心からでしょう。

そして、日常の生活そのものに、ミニマリズムの実践ができれば、

芸術の中で「生活」できるような日々が過ごせるのではないでしょうか

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