許してやれよ,セオドータス、彼らは自分の島の風習が、
世界の法則だと信じている
野蛮人なんだから・・
コレはジョウジ・バーナード・ショウの書いた
『シーザーとクレオパトラ』の一節です。
全編を読んだわけではなく、この一節があまりに鮮烈だったので
覚えこんでしまったので、間違えているかもしれません。
昔、ブリタニカで、新人の教育をするときに
日本人は自分の島の習慣が世界の法則だと信じている
野蛮人なのだ‥・と調子に乗って引用しました。
自分だけよければ人はどうなっても良いという
単純なエゴイストは、大した害を他人に与えないかもしれません。
今、世界を覆うテロの恐怖は
『自分は正しい、神の正義のために自分の命を捧げる』
という、
聖戦の恐怖では、ないでしようか
アメリカもかつて、
テイクナットハンは、若い僧侶でした
私のビジネスの最初の師匠、大森実は
北ベトナムのハノイに潜入し、ハノイにふりそそぐ
爆弾の雨を世界に報道し
アメリカ政府からの圧力で、
アメリカの恐れた本物のジャ-ナリストでした。
私は50年前、彼の講演
「これからは自由主義対共産主義という時代ではなくなる」
一言を聞いて、講演の壇に駆け上がりました。
青山高校時代さんざん、学生運動の真似事をし
しょっちゅう顔をあわせる機動隊のお兄さんたちが
悪い人間には思えないというところから
学生運動による戦いかたをやめたところで、
だからといってどうしたら良いかわからなかったのです。
それから、50年がたちます。
あの頃に比べて、大してわかつたわけではないのですが
まず、人の意見を十分に聞かないというのは
まちがいだと思います。
相手が聞かないから、暴力に訴えるというのは
もっと間違っています。
私たちは人間共同体としての社会に住み
共同体は意思の疎通を基本に置きます。
共同体は互いの納得に基づいて運営されるのですから
誰もが納得できる真理がベースになければなりません。
真理を追求するのが学問ですから
我々は、自分の見え方が一定の時代の限界を持っている
という謙虚さをもつた、会話のできる
人間であるべきだと思うのです。
その上で、共通の価値観をもつ、
そのような、学問に裏付けられた共和国を作ろうという
絆が必要なのではないでしょうか。
自分だけ良ければ良いという人に絆はいらないでしょう。
聖戦を戦う人には開かれた学問や自由な討議は
邪魔のなはずです。
結局、声を荒げることもなく
デモ隊を組織することもない
ただ黙々とモラルを大切にする
『中道』に至るのかもしれません。
素晴らしい仲間づくりをすめてゆきたいと思います。
相手も正しいと思えるか
世界観
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