私が背が伸びたのは中学三年の夏休みで、
20センチくらい急激に
伸びた思い出があります。
その時以来、身長175センチで、私の年代では大きな方です。
昭和38年という頃、
山手線に乗ると、頭一つ、人並みの上に有りました。
身長はあれ以来、伸びていませんが
以来、半世記、中身は、
多少ましになったと、思いたいものです。
肉体の成長が止まっても、
大脳の中のネットワークは少なくとも30歳までは成長するそうです。
思春期では感情の脳と理性の脳が未だ十分にリンクしていないので
縄張り争いの延長で、友達同士のなかの強さの比較が
社会秩序より高い価値をもつようです。
更に、30歳を過ぎても
大脳の中の前頭前野新皮質の成長は続くといい
特に、瞑想や座禅は、大脳新皮質を育てるようです。
もし、身長が伸び続け無いと
生きていけない、人間がいるとすれば
それはまさに、死に至る病です。
人間に、成長が止まり、成熟する時期があるように、
社会にも、それがあるように思います。
資本主義は、投下した資本が、
より大きくなって帰ってくることを前提としており、
現在の税制は、資産には課税できず、所得に課税する・・
儲けにのみ税金をかける仕組みになっています。
過去、産業革命をいち早く成し遂げた西洋諸国が
世界を植民地にした頃は、世界には収奪するべき辺境がありました。
現在は、世界は複雑に入り組んで降り、
地球資源は「地に満ちた」人類にとって
有限であることを示しています。
地球が一つの、「いきもの」だというガイア仮説が有りますが
そうだとしても、そのネットワークの充実は可能なはずです。
マテリアルは有限ですが、イデアは無限です。
地球上のインターネットは、人間の、
大脳の中の長距離を結ぶネットワークとよく似ています。
成熟するとは、
異質な存在の、異質さを、重んじ尊重する、
理解力と思いやりをもち
かつ、自分の役割を相手に理解してもらう勇気を持つこと
理解する、オキシトシンによる絆反応と
理解される、DEASホルモンによるチャレンジ反応の
バランスを取る事のように思えます。
横に理解力思いやりをとり
縦に勇気や表現力をとっても
二次元の平面にしかなりません。
0店から100点の一次元よりはマシですが
人間はそのように簡単なものではないはずです。
人類の成熟にともなう社会について
次回は考えてみます。

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