正定

後藤健二さんがついに殺されたというニュースにふれました。

私は、イスラムについて勉強していませんが、
キリスト教と共通の、宇宙創造の神を信仰しているという
ぐらいは知っています。

いわば、同じ神を信じる兄弟のような宗教ですが

その近親憎悪のような争いは激しく、十字軍から始まって
9,11のテロにいたる、
壮絶な争いの理論的支柱になっています。

勿論、多くののイスラム教徒は、温厚な休養ある人々で
多くのキリスト教信者が温厚で教養ある人々であるのと同様です。

信仰の恐ろしいところは、
教祖に対する批判を許さないところです。

その構造は健全な批判精神や、科学的と呼ばれる
実験によって事実かどうか確認するという作業さえ否定します。

ガリレオの地動説や
ダーウインの進化論が
旧約聖書の記述と食い違うために
西欧社会に受け入れられるのに
多くの時間が必要だったように

しかしながら、教養有る、科学的知識を持った人ほど
その限界を知っています。

確認された科学知識というものは、
膨らんでゆく風船のようなもので
風船の内側が知っていること
外側が知らないことです。

その風船の表面が、知っていること知らないことの
境界面で、風船が大きければ大きいほど
知らない世界の広さがわかるのです。

従って、一般に、広い教養を持っている人ほど
知らない世界が広いこと・‥特にその専門分野で
を知っているので
謙虚なのです。

知らないことを知っているというのは
ソクラテス以来
教養のある人の基本的な資格ですが、

信仰というものは、全てを知っていると主張します。

そこで、なまじ、優秀なインテリほど
新興宗教に惹かれるのです。



イスラム国と自称する集団は
私は
アラブのオウム真理教のようなものだと思います。
詐欺、強盗の集団ですが、
そのバックに資金提供者がいるはずです。

然し、彼らをお動かす背景に

アメリカ社会を中心とした極端な貧富の差があるはずです。


今日は八正道の最後
正定を説明する予定でしたが

後藤さんが、殺されたために

宗教とはなにか

からはじめなければならないような気がしました。

私は、仏教は、現代科学の裏付けが得られる
唯一の世界宗教と思っていますが

私自身、議論したり、反論を許さないという意味での
信仰をもちません。

信じるか、信じないかではなく

正しいか、間違っているかなのです。

そのための、開かれた議論は
西欧文明と現代民主主義の優れた点だと思います。

明日から毎朝座禅をしてみます。

その体験も踏まえて次回

正定を説明します。

コメント