禅定と自己催眠

お釈迦様は、凄まじい苦行をしたあげく、
苦行により悟りを求めるのは、間違いだと決断し
菩提樹の下で禅定に入り、

七日の後、明けの明星を仰いで、
あの星と自分は一つだと感じ
悟りを得たと言われます。

全ては、原因と結果の連鎖であり、・・・空である
空とは色・受・想・行・識の五蘊すべである・・

つまり、感覚器官から、入ってきて、我々の頭脳が認識する
全てが、実体がないのだというのです。

なぜそのようなことに思い至ったのでしょう。

それでは、感覚器官から入ってこない情報とは

自分の外から入ってくるものではなく
自分の内側にあるものということになります。
つまり、内観・瞑想です。
実は私は、時間が流れるというのはどういうことかと
50年来考えているのですが

催眠術に退行催眠というものがあります。

自分の年齢を遡り、20歳の時、10歳の時と
その時の経験を思い出すというより、

五感全てで、再体験できるということです。

これは、催眠とは、表層の意識ではなく
潜在意識あるいは 下意識に働きかけ
其処に仕舞われていて、普段は思い出すことのできない体験を
思い出すことができるのだと、考えられます。

人間の頭脳と、記憶の構造

最初、意識的に練習しないとできない運動・・
歩くこと、泳ぐこと、自転車に乗ること、車を運転すること・・

次第に無意識でできるようになります。

そのとき、その機能は無意識のシステムに内蔵されたのです。

その下意識には、運動機能だけでなく、不随意の神経、
自律神経によって行われている、内分泌や、消化吸収、
心臓の鼓動や呼吸・・
交感神経と副交感神経のバランスによって行われる、
通常意識ではコントロールできない
活動が含まれるでしょう。

仏教用語では、阿頼耶識、或いは、蔵識と呼ばれます

しかし、神経の活動ですからつながっていないはずはありません。

深い、瞑想とは、深い催眠それも、自己催眠ではないかと考えます。

自律訓練法という、1932年ドイツで生まれ、それ以来世界に広まった
自律神経の働きを調整する手法は基本的に自己催眠だそうです。

退行催眠で、人間はどこまで、自分の体験を遡れるか
というと、出産の瞬間まで可能だそうです。

しかし、悟りとは

その先ではないでしょうか。

その遺伝子の情報をたどり
その先の人類以前をたどり
分子の情報から原子の情報、
素粒子の情報

全ての原因と結果はつながっているのですから
その原因その原因とたどれば・・

138億年前の、宇宙開闢まで辿れるのではないでしょうか。

そして、その全てが自分のこの今まで
つながっていると体感すれば・・

次週は私が自己催眠を試みて、体験報告しようと思います。

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