チョムスキーと、森 元総理

今回は、小話から紹介します。

先日、「浅田真央ちゃんは、大事なところで必ず転ぶ」で
話題を提供した、森元総理で
彼なら、ありえるかも と思わせる小話があります。
森総理がクリントン大統領に初めて挨拶に行ったとき

役人に英語の挨拶の仕方を教わった。

まず、How are youというと
大統領は Im fine thank you, and you ? と返すので
Me too!!と言えばよろしいのです。

ところが、森さん何を間違えたのか

最初の挨拶が Who are you!

びっくりしたクリントン大統領、何かのジョークかもと
Im Hillarys husband と返事してみたら

Me too!

これには、大統領、大笑い。
昔は英会話のカセットがあり
一生懸命真似して覚えるというやり方がありましたが

丸暗記して記憶したのでは、役に立たないのです。
犬が人をかんでもニュースにならないが
人が犬をかんだらニュースになるといいますが

同じ単語を使っても語順によって
表される意味は、全く変わりますね。

その違いを作り出すのが、「文法」で

あらゆる、人間の作るゲームが、
オセロでもチェスでも将棋でも、囲碁でも・・
テニスでも、野球でも、・・・・

同じゲームが二度とないけれど、
その時ごとに、楽しめるのは、
人間の言語と同じで

ルールがあるので、意味がわかるのです。
ルールがあるので、無限の変化があり自由があるのです。

さて、問題は、この「文法」はいつ身につけるのでしょうか。

すべての子供は、3歳ぐらいで学校にゆく前に
自然に、話すようになります・・世界中で・・・

親が文法を教えることはありません。
このことを、最初に「不思議だ」と指摘したのが
かのギリシアの哲学者プラトンであり

これに応えたのが、2500年後のチョムスキーなのです。

チョムスキーの答えは簡単で

「生まれつき備わっている」というものでした。
これは、人間の肉体が、生まれたときすでに、さまざまな、機能を持って生まれるのと同様に
人間の脳だけが、言語器官を持って生まれるというものでした。
このことは、パソコンが、OSをインストールする前に(OSがそれぞれの、各国語にあたります)
既に、インストールできる、ハードウエア回路を持っているようなものです。
認知科学はここから生まれたと言って良いと思います。

さて、人間が生まれながらに持っている心の、中核にあるものには、

この「言語のたね」のようなものがあるはずです。

前回までの
フランクル、コービー、グラッサーなどの、
基本的な刺激と反応の間に間にあるものと合わせて、
次回整理してみたいと思います。

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