人間意識の四次元

前回は、西田哲学から、ぐっと身近な人間関係という営業的な話で、

知的な方からは、何だ、つまらないと
思われるのではとびびっていたのですが、
驚いたことに、思わぬ先輩から
はげましの?コメントをいただきました。
その方は日本を代表する技術者というような方ですが、
新人のころ、現場で、たたき上げの営業マンから、
アポがとりにくい人のアポの取り方を教わって、なるほどと感心し、

(単にトイレで待ち伏せし偶然をよそおうという、まさに、古典的なやり方ですが)

アポで断られたら飛び込むというやり方を実行し
実績をあげ、後輩にも教えたそうです。

「顔を合わせれば拒否できないですからね。」

と、さりげなくありましたが
一度は電話で面会をことわられているのですから、勇気がいることだと思います。

こちらが、感心しました。

今回のテーマは、自分の心を育てるということです。

勇気とか胆力とかいうものは、
人間関係を通じてのみ鍛えることができるといいます。

甘えていれば欲しいものが手に入るという子供が社会に出ると、
自分が正しくても、思うとおりに事柄が運ばず、
理不尽に屈辱を味わうことがあることを知ります。

ここで、
1、そのような、場から遠ざかるか、
 A、出世はしない、普通でいいので、波風を立てない。
 B, 鬱になって自分と他人に期待しなくなるか・・

2そのような、通常の政治的葛藤を超越するような、実力を発揮するか
 (それでも、利権に触るぐらいの地位に達すると政治に敗れます)

普通は、巧みな政治的、立ち回り方を学ぶかということになります。
政治的とは組織の目標とは関係ない、組織内の力学ということです。

そのような人にとって、人生の目的は組織内で、有利な立場を獲得することです。
そして、人生とは他人との競争であり、戦いです。
弱いもの、甘いもの、油断しているものは敗れるのです・・
私が追求したいのは、その方向ではありません。

人生の目的は、自分の精神を深め、大きく高めることにあると信じています。

マズローは欲求5段階ということを言いました。
イスラムでもトランスパーソナルでも、意識のレベルは5段階でした
西田哲学でもそうでした。

そして、そのレベルの中を、ビルの5階から1階まで
エレベーターのように上下するというのが、一般の解釈です。

ソクラテスだって、腹は減るので、生理的欲求はもつのです。

・・・・

私は、これを、ビルの階層のようなものではなく

次元の展開として提唱します。
零次元  点 孤独な部分のないような精神、まさに、今とここに
       閉じ込められ、世界と自分の心は、関係なく存在する

1次元  線 世界と自分の心はつながっている
       世界が自分の心を作る、シナプスが発達し回線をつくり
       信号が発火する・・・それが世界

2次元  面 世界で起きることは、自分の精神を育てるための
       課題である
       人生の意味を人間が問うのではない(人生なんてつまらない、
       意味なんかないんだ、どうせ死んでしまうのに・・)
       人生が自分の精神に問いを立てる(君の心は何処まで成長
       できるのか)
       これを西田は意思的意識と呼んだのではないか

3次元 立体 世界と精神が相互に共鳴し相入する
       主客の区別なく、無我夢中、相手の心の動きが自分のこころの
       ように感じられる・・・感動は舞台と観客の間に起きるのです
       西田の叡知的意識

4次元 時空連続 現在を離れ、無限の過去と未来を全体として感得する。
         人格的意識

自分の精神は点ではないとは、誰でも感じるところだと思うのです

自分の意識を広く、深く、高く、大きく育て、
人や世界を包み込む小さな自我で人と比較競争するのではなく
全ての問題をわがことと、悩み、解決を工夫する。

そのような精神の育成が人生なのだと考えます。

これは、多分、東洋思想が3000年云っていることです。

このことの、現代科学的解説を次回から試みます。

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