人間関係

すっかり、寒くなりました。

当家では庭の柿が食べられるようになり、
先ほど、すぐ目の前の塀の上を、
立派な日本猿がのしのし歩いていました、

うちの猫とけんかにならないか心配です。

動物も人間も自分の欲求を満たすために争います。

私達は、まず、おなかが減ったとか、のどが渇いたとか、
さまざまな欲求を持ちますが、自分で手を伸ばせば、
すぐそれが手に入る時、さっさとそうする、はずです。
ところが、自分ひとりでは面倒だったり、手が届かなかったりすると、
人に頼みます。
つまり、協力もするのです。

「ちょっと、洗濯物おろしてよ・・」
「そこの、おしょうゆとって・・」

ところが、それがちょっと自分の思いと違うと怒るのです。
「洗濯物下ろしたら掛けたらいいでしょう!人の話聞いてないんだから!!」
「おしょうゆだけあって、どうするのよ!小皿がいるに決まってるでしょう!」

そして、こちらも言い返せば、けんかになります。
戦いというので思い出したのですが・・

昨夜、自衛隊出身の友人と、話をしていました。

東日本大震災の時、
津波で流されそうになる人の手をしっかり握り
津波の中で、被災者を支えていた自衛隊員の話を思い出し、
自衛隊の人は、鍛えられ、死をも賭して働いてくれる。

尊敬すべき人たちだと思うという話をしました。

彼は、
其の時、死を覚悟して、戦闘に迎えるように、
理不尽でも命令に従い、動けるように、

新兵のときから訓練される、
という話を聴きました。

人間は死に向かうのは、本能的に恐ろしく、普通なら逃げようとします。
しかし、自衛隊や消防・警察などの人は、自分の命を犠牲にしても、
市民を守ろうとします。
そのための秩序なのです。
こちらは、その時、営業の野蛮さの話をしました。

肉体的な死は恐ろしいものですが、一度ですみます。

人間にとって、無視され、無用のもの扱いされ、
話を聴いてもらえず、拒絶されることは、
精神の死と同じです。

拒絶されると、全存在を否定されたような気分になります。

しかも、へたくそな営業マンは毎日それを繰り返さなければなりません。

ですから、営業の仕事は嫌われます。
多くの場合、拒絶される仕事は新人に任されます。
下級の兵隊が、最前線に出て、斥候し撃たれて死ぬことにより、
情報を得るように、
営業も、新規開拓という、門前払いの可能性の高い仕事は、新人に任せ
ベテランや上席者は、既存の顧客と接待と称し、

ゴルフや銀座での遊び
に興ずるという図式です。
さらに、
フルコミッションセールスというのは、
実は人間の使い捨てという要素があります。

会社は契約にのみ、お金を払い、その前にどれほどたくさんの
断られることの、積み重ねがあっても、
その努力には、まったくお金を払わないのです。
私は、研究し、断られない方法を考え続け、実験しました。
人は、自分の都合ばかり考えます。
自分の欲求の実現のために、動きます。

そのことが、きちんとわかれば、その欲求が満たされるとなれば、
『人は動くのです』

絶対断られない方法、

必ずYESといわせられる方法を考えました。

簡単です。

100%お客の言い分どうりなら、100%YESです。
そこから逆算して、そこまでしなくても、YESになるところを探すのです。

つまり、人が自分の欲求によって動くことを、活用するのです。
明治のころ年をとった、剣道の達人が、
現役のトップクラスに稽古をつけるのですが、

若く体力スピード抜群という選手が、自信満々でいどんでも、
ゆっくり動くように見え、簡単にかわされ、簡単に打たれてしまいます。

不思議で仕方がない、ある弟子が、なぜそんなことができるのかと聴くと

相手のの動きが完全にわかれば、その動きにあわす
相手は動き出すと、途中で止めることはできない

そういう相手を打つのは、

自分で自分の頭をたたくようなもので
外れる道理がないといったそうです。

本当に相手を理解し、相手の求めるところがわかれば、
100%クローズは可能です

そういう時は、相手も自分もなくなります。

相手の言うとおりなら、タダなら、誰でも売れる?

それは違います。

いらないものは、タダでもいらないのです。

まず、欲しくさせる、それからです。

そのために、人間の意識について、欲求について
自分をまず見つめ、人の心を学ぶのです。

次回は意志的な意識と叡智的意識を考えます。

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