前回ご紹介した、呼吸法、試してみて
いかがでしたか?
ある、大先輩から、早速コメントをいただいたのですが
「呼吸法は心身のWell-beingの根本の技法だと思う」
という、ありがたいメッセージでした。
呼吸法は、
是非ためしていただきたいと思います。
精神のコントロールというと
日常生活から離れた、座禅道場のような場所を
イメージしやすいですが、
本当に、必要なのは、日常の仕事や、家庭の中ではないでしょうか
呼吸法の良いところは、満員電車や、商談の前、上司に
呼びつけられたりと・・・気を静めなければならないような場面は
日常生活の中にあります。
そのような時、いつでも、すぐ、呼吸法は実行できます。
時間は2分もあればよいと思います。
これが、単なる思い込みや気のせいではないのか
しっかりした根拠があるのか・・
最近の科学でわかつていることを、整理してみましょう。
さて、我々の、心臓は意志の力で、動かしたり、止めたりはできません
呼吸の方は、動かしたり、止めたりできます。
呼吸は、炭酸ガスと酸素のガス交換です。
肺はふいごのような単純な機関
心臓は血液を全身に送る、ポンプのようなもの
その他の複雑な器官からすれば、簡単に見える仕組みです。
そのような器官と、脳の働きである、「意識」という
物質ではないものが、なぜ関係するのでしょうか。
呼吸は普段、肺の真ん中にある、求心性神経から、延髄
(盆のくぼのあたり)に送られる信号で、我々の意識を
煩わすことなく動いています。
ところが、いったん意識すれば、呼吸を止めたり、長く吐いたり
自由自在にできるのは、ご承知のとおり。
これは、心臓は自律神経の働きで動き
肺は、運動神経の働きで動くからだということです。
言い方を変えれば、心臓は無意識の世界だが、
呼吸は 意識と無意識の橋渡しをするとも言えるでしょう
運動神経は、大脳の表面に運動野と呼ばれる領域があり
司令を出す場所が決まっているので、脳の地図がつくられています
ところが、「大脳前頭葉」と呼ばれる部分は
そのような、運動障害や、目が見えないとか、聞こえない、
しやべれないという機能障害との関係が無く、
余り重要な役割を果たしていないのでは・・
と思われていた時期もありました。
ようやく最近になって
意思決定や、計画の場ということが、わかつて来ました。
人間の体の各部門が、それぞれ勝手に動いては困るので
司令部が必要です。
つまり、営業部・製造部・開発部などを
統括する取締役会議のようなものです。
(普段無くとも困らないのも、似ています)
意識的に体をコントロールするには、ここから司令を出します。
ところが、ここは、一度に、並行していくつものことを
行うのは、不得意です。
そこで、意識を長く呼吸を吐くことに向けながら
数を数えると
ほかの事を考える、余裕が無くなるようです。
(つまり、雑念が消えるのです)
お釈迦様は、6年間の、常人には、不可能なような、苦行を経験されました。
苦行とか、鍛錬とかゆうのは、別な見方からすると
肉体が悲鳴を上げていることを、意志力で続けるのですから
意志力の訓練とも言えます。
(意志力は、使うことにより、筋肉のように、鍛えられるというのも
最近の科学による発見です)
その結果、お釈迦様は鍛えた
意志力=精神力で意識的呼吸を続けられたのですが、
弟子達にはとても、真似できなかったので
数を数えるという方法を教えたそうです。
「人は、心で、心を制御することはできない
火で火を制御しようとするのと、同じことだから、
そのために、行をおこなうしかない」
と、教えられていますが、
どうして、人間は自分で自分の思考をコントロール
できないのでしょう。
特に、そのことを考えるなと、いわれると
そのことばかり、気になってしまう・・・
座禅や瞑想をして心を空にするようにといわれても
次から、次へと、雑念が沸いてきて、
なかなか、?無」の境になれません・・
少なくとも、私は、です。
このことについても、
最近の、大脳生理学では
生きた脳の活動を調べる様々な方法ができてきて
研究が進んでいます。
人間の精神の働きに対して、
科学は随分、肉薄しているのです。
今回はこの辺にして、次回は、
呼吸法が、なぜ、やせるのか、健康に良いのかという
ことをめぐる科学的な側面を、お伝えしようと思います。

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