はじめに

富士山は日本の象徴ですが、
日本の素晴らしさを忘れている日本人が多い気がします。

日本は単なる、東洋のはずれではなく
文化の精製される、坩堝なのだと思います。

私が、これまで学んできたことで、
特に心に残るのは、下記の3点を特徴としており、
また、それは、私が表現して行きたいことの基準でもあります。

1、 東洋思想をわかりやすく紹介し

2、 西洋科学で裏づけ

3、 実践可能で、ただの知識ではなく、使えるもの

実践といえば、瞑想という言葉が、最近普通の人が読む雑誌などでもよく
見かけるようなりました。

これは東洋に限らず、ポピュラーなものですが、

2600年前、お釈迦様がその具体的実践法を
弟子達に教えていることが、お経になって残っています。

阿含経の中にある、大安般守意経といい、
サンスクリットより、庶民的なパーリー語で書かれている
最も古いお経といわれるものです。

お釈迦様は6年にわたり、あらゆる難行、苦行を行うのですが
悟りを開くことができませんでした。

その中には、断食もあれば断息というものも在りました。

断息とは、文字通り息を止める苦行で
現在のギネスの記録は  17分04秒
アメリカのTV番組でデビット・ブレインという人だそうです。

お釈迦様の苦行は多分、それ以上で
口と鼻の呼吸を止め
内にこもった息が行き場を失い
鼓膜を破って、耳から
鍛冶屋のふいごのような
すさまじい音を立てて流れ出たといわれます。

お釈迦様は、苦行をやりつくし、苦行をすて

そうかといって元の、王子の生活に戻るのでもなく、

静かに瞑想に入り、逆に深く呼吸をしました。

出る息、入る息を心の限りされたのが、

アナパーナ・サチという呼吸法です。

そこから、悟りを開かれたので、

弟子達に全ての修行の第一歩として、呼吸法を示します。

その方法が、懇切に教えられているのですが、
これが、現代人にも通じます。

6段階あるのですが、
最初に教えられるのが、数息という方法で

息を長く吐きながら、ひとーつ、ふたーつ、と十まで数えるのです

弟子の

「これぐらいのことで、どうして、知恵が得られるのですか」

という質問に

心は、息を知ることができるが、息は心を、知らない

息は心を考えることはできないが、人は息を数えることによって

心を落ち着かせることができる

一から十に至れば、散り乱れる心を、静めることができるが、

知恵が息の中にあるわけではない

「それならば、どうすればしたら、知恵がえられますか」という質問に

数えるに従い、

快楽を追う心に対し、

これをおのずから制御する働きが生じ、

心が落ち着いてくる。

ここにおいて心と体の調和が得られ、

心身一如の境地に入る

そこから、真の知恵が芽生えるであろう

人が、心で、心を制するのは難しい、

火で、火を制するようなものだ

だから、まず、息を整えることからはじめるのだ・・

これが、お経の言葉だと、難しいのですが
普通の日本語にすれば、
じつにわかりやすく、なんと親切丁寧でしょう!

呼吸から入り、瞑想を深め、知恵にいたるという手順は
実に合理的です。

数息から、

数を数えなくとも自然と深い長い呼吸のできる
相隋に

さらに、
止、心を静め
観、内面を観る
環、悪心を捨て
浄 自然とともになる

という六段階を丁寧に指導しています。

そして、この内面観察の方法が、
或いは、呼吸法が
現代の科学、大脳生理学や、生理学からみても

実に合理的で、

継続的自己成長に役立つことや

白隠和尚や、中村天風のように
重い病を治すことも、不自然ではないことが
わかって来ました。

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