世界観

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自分と時間

小さな時に、異様な体験をした事があるでしょうか?私はあります。「時間はなぜ流れるのか」ということです。 私は10歳の時、ふと感じたのです。考えると言うより、体感する事実です。自分は、【今ここにいる】そして「いま」以外に、いることはできない。...
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波と海

私達の精神、意識と言うものは、それこそが「私」というぐらい自分の本質というべきものです。例えば、爪を切り、髪を切ったときに、それらはかつて自分の一部ではあったが切り取ってしまえば、自分自身ではない・・それと同じで、不幸にして事故に会い、足や...
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道徳と宗教

前回のブログを読み直し、つまらないジジイになったなと、思われるだろうと思いました。頭の良さより、真面目さが大切などと・・・50年前の18歳の私だったら・・体制側の保守、世界が変わることを考えないくだらない倫理道徳と思ったに違いないと思うので...
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諦めている人

世の中には、いろいろな人がいると書きましたが、人間は現実社会とやり取りしながら、自分をつくっていくのですが・・と言うか、生命は、自分の行いが、自分に返ってくるのですが、例えば、植物でも、水の量、太陽の光の当たり方、栄養分の質・量により紫陽花...
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マインドフルネスと仏教

裏庭のあじさいが小さな水色の花を開きました。そして、トマトの苗が伸び、もはや実が大きくなりつつあります。季節の、移り変わりは確実に訪れます。久しぶりに、アメリカのマインドフルネスを読み直しました。カバットジンの著し、春木先生の翻訳された、北...
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六波羅蜜

庭にはさつきが地植えしてあるのですが、白、紅が、満開です。このさつきは、26年前になくなった祖母が、鉢で育てていたものを引き継ぎ、あちらこちら引っ越しながら、この山梨まで、運んできたものです。その祖母の十三回忌で会った弟が、歩くとき腰が痛い...
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布施行

庭のあじさいが大分元気になっています。人間にとって、自己中心に成るのはとても自然なことです。何しろ、物心ついたときから、周りの物事を観察するのは、今、ここ、という自分自身、つまり、観測の原点です。自分が見ている周囲の全ては、幻想かもしれない...
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無我と貪瞋痴

無我と言うのは、多分、人間の本能に反します。人間が意識を持ち、自我をもち、自己中心の知能と欲望(目標)をもつのはごく自然なことです。ある先輩からメールをいただきました。「確かに仏教の真髄は無我、無心、無欲でしょうが 資本主義の現実とは対立し...
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仏教を現代に活かす

前回は八正道に触れました。そして、小乗から大乗まで、多様な仏教の中で、そしてコレが、あれば、仏教なければ仏教でないというのが三法印諸行無常諸法無我涅槃寂静ですが、何と言っても諸法無我です。この世界に変わらなく存在し続けるものは何もなく、我々...
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八正道について

八正道については、何度かこのメルマガで紹介していると思いますが、八正道は中阿含経に釈尊(紀元前463~383)の直伝と伝えられています。東南アジアの上座仏教ではパーリー語によるアーガマが漢文に翻訳され「長阿含経」「中阿含経」「雑阿含経」「増...